Jan 4, 2014

サラリーマン絵描きになった今、自主企画を発信する意味について考えてみた



去年春から某社にてイラストレーターとしてお仕事してます。
サラリーマン絵描きとしてまだまだ日数は浅いですが生活リズムなどつかめてきたので、今後はできるかぎり拙文ながらブログでも書いていこうかなと思います。





2014年の目標として「自主企画をどんどん世に発信する/規模は問わない」というものを設定してみた。自主企画とは何かというと、いわゆる同人誌だったり、趣味のものだったり、要は人から頼まれたものでないタスクである。お金になるかならないかは問わない。

以下には長々とその経緯について書いてみた。

オレ>スペック
職業:イラストレーター
年齢:27歳(来週28歳)
やった仕事:書籍、CDなどのパッケージ、ソーシャルゲームのキャラなど
活動:4年くらい?

まず、自分の話からはじめてみる。
オレが自主企画として同人誌を定期刊行していたのは2009年春〜2012年夏頃までだった。始めた理由は「面白そうだった」から。なにより当初は絵で仕事とかほとんどしてないので暇で精神的に余裕もあった。活動を止めている理由は「労力に見合わない」から。つまり、面白さよりも大変さが勝ってしまったからだ。自主企画をやるよりも人様の仕事を受けて淡々と告知した方が、クールで自分に降りかかるダメージが少ないと思ったからだ。ここで言う降りかかるダメージとは「スルー」である。例えば絵描きにとって身近なpixivでは絵を投稿しても評価されないとそれなりに凹む。頑張って描いたものならなおさら。制作の糧の全てがリアクションではないが、少なくとも「自主企画の発信」という部分ではリアクションがモチベーションの大部分を占めると思う。同人誌においてのリアクションの一つには本が売れるか売れないかがあって、こちらも人によっては死活問題だと言える。

自主企画はネットでのイラスト投稿も含めてそうだが、誰に頼まれるわけでもなく自分が選択して起こした行動である。つまり、滑ると精神的なダメージがでかい。

故にオレのようなタイプがそうだが、技術大好きで、半端にプライドが高く、でも世捨て人になれない不勉強なにわか野郎は担当した仕事を淡々とSNSで告知していくスタイルに落ち着いてしまう。自分の絵から、思考から技術や知能の低さが露呈してしまうのでこれは世に出せない!はずい!やめる!という傷つかないための安全装置が働くのだ。

しかしそのような当人の自己嫌悪ループは大方の部外者(ユーザー)にとってはどうでも良いことである。ユーザーは面白く、便利で快適なものを求めていて、技術や思考云々を直に見ているわけではないのだ。例えばまとめブログの流行がある。あれは高度な技術や知識を見に行くための場所ではないと思う。情報の真偽に関わらず面白ければ人は見るのである。オレもよく見る。

つまりここで言いたいのは面白いコンテンツを作るためには緻密な描写力や専門的な知識や気の利いたギャグセンス、、それらの技術が必須というわけではない。もちろんその人の得意分野が制作に活かされるに越したことはないが、重要なのはそのコンテンツを作るために必要な要素がそろえばそれで良いのである。

次に職業イラストレーターについてのオレ視点での考えを書く。

まず、イラストという仕事を考えるとほぼ受注タスク以外にはありえない。
職業イラストレーターは作家というよりも下請け業者なのでギャラも企画へのコントロール権も先方次第という感じだ。これがフリーランスでもデザイナーやディレクターであればコンセプトの決定権もだいぶ変わってくる。そもそも彼らは雇う人間を選べる。イラストレーターの立場として雇えるのはアシスタントくらいなものである。もちろんイラストレーターがデザイナーに絵の中で使うロゴを発注するケースはあるがそれはあくまでもイラストの中でのディレクションであって構成する要素の小ささを考えるとディレクターなどには及ばない。ここでの問題はイラストレーター当人の力量ははたしてプロダクトの成立にどれほど貢献しているか、という疑問である。なぜならイラストはパッケージでありメインコンテンツにはならないからである。

もちろんイラストは美しく、プロダクトにおいて最重要に足りうる存在ともいえる。しかしそれはシステムやディレクションに対しても同様である。特にゲームはそうなのだが制作フローにおいて(表からあまり見えにくいが)システムのデザイン設計は非常に重要であり、もちろんイラストが良いことに越したことはないが最重要ではないとオレは考える。例えばソーシャルゲームで売り上げを出すポイントはいかに課金への導線を作るかであって、それはイラストレーターの仕事ではないのだ。しかし会社でのプロダクトワークとしては当然ここが重視される。それはスタッフのギャラにも反映される。

上記の理由から、イラストレーターは替えが効く。フリーランスのイラストレーターを使うのであれば尚のことそうで「嫌ならやめればいい」との条件のもとぞんざいに扱われることもままある。それが一時、というか今に至っても問題化しているが職業の性質を考えるとトラブルは起こりやすいものなのかもしれない。というか何年かイラスト仕事やっていて今までなんのトラブルにも見舞われてないという人の方がレアケースだと思う。

どうあがいても企画、雇い主に依存するしかないという現実がイラストレーターにはつきまとう。

前置きが長くなったがオレが自主企画の発信をトライする理由はここにある。
自主企画とは当然だが、誰もがディレクターになれるのである。

予算を設定し、制作者を選び、プロダクトの内容を吟味し、リリースすべき市場を調査し、広告を考え、発信し、場合によっては収益を得る。これらを自らのコントロールで実行する。もちろん全てを企業と同じように行うのは難しい。なので小規模で実践すれば良い、場合によってはいくつかを除外しても良い。

実は今書いているこのブログもその一端で自由にコントロールできる自分のコンテンツなのである。収益は今のところほぼないが(本っ当に微々たるアフィリエイト収入はある)一先ずアクセスや動向を探り、次のアップグレードへの布石にしたいと思っている。

虎硬という個人がいて、制作物の内の一つにイラストがあり、もう一方で文章があり、、、というものでも良いと今は考えている。かくいうオレも長年「絵描きは語らずに絵を書くべし」という呪縛に苦しめられていた。特に自分が下手くそでマイナーという自覚があったからこそその点を努力によって改善しようと思っていた。

しかし先の通り、画力や文章力での一点突破力はオレにはない。いや、自分にできるとは思ってないという方が適切か。例えばオレも萌え絵を練習していた時期はあったが、ユーザーの目も肥えてるし、全体のレベルが高すぎる。このキルゾーンでのサバイブは容易ではないと思ってしまったのだ。

なので今は拙い技術だろうがなんとか寄せ集めてユニークなコンテンツとしてまとめ上げる方が自分にとっては良い仕事なのだろうと思っている。今後とも技術に対する学習は継続するが(会社は別として)少なくとも自分の企画にとって有益だと思うスキルを優先して取得するようにしていきたい。

上のような考えはここ2年くらいは脳裏にボヤッとあったがなかなか言語化できなかった。そもそも2年前は自分がイラストの仕事をすること自体がまだ貴重だったのでコントロール権云々のことも明確に掘り下げることが出来なかった。今これを書ける理由としてオレが会社に所属していることが大きく、今までフリーランスで受けてきた「先方様」の内情を幾分か理解できることになったことがある。社内での目線を獲得すると独立して思考することの面白さなども見えてくる。かつて悶々と悩みながらやっていた同人活動も少しばかり救いがあったのだと述懐できるのだ。

なによりも自主企画からは自分の思考をダイレクトに表現することの凄まじいカタルシスを得られる。それは決して他人からは与えられないものなのだ。

勘違いしないで欲しいのは会社や受注のイラスト仕事をダメと言っているのではない。オレ自身、会社でのイラスト仕事を楽しんでいるし今後とも人の仕事を手伝うだろう。それはギャラとは別にそのタスクを遂行していく中での面白さを感じているからだ。ここで提案できることがあるとすれば受注仕事+アルファで自分の企画を持つことは楽しいよ、ということである。