Jan 26, 2014

同人百迷走 第2話「就職活動、HAL研究所の最終面接でやらかす」


前回の続きです。 初回

同人に関する話はまだまだ先です。
本記事から3回くらいはエッセイ要素が上がります。
今回はアルバイトの話と、恐らく本企画で最も微妙な自分の就活体験となってます。

就職氷河期!
就活生にとっては来たるべき恐るべき冬の到来です。

とはいえ、我々1985〜1986年生まれの世代は後の世代に比べると比較的楽に内定はとれました。ITバブルの残りカスがまだあったし企業求人も今より多いでしょう。

デザイン学科だったので自分の周りでも電通や博報堂など大手に行った学生もいました。
他にも全体の就職状況は悪くなかったと思います。

リーマンショックまではな!!!!!111




さて、周りはそんな情勢でしたが大学4年のオレはというとまったりしておりました。
単位は大学の1、2年でほぼ全部とっていたので興味のある授業だけとって他は大学にも行かずにアルバイトやゲームに興じてました。

当時は大学3年の頃から続けていた都内の少人数のIT企業でwebデザインのアルバイトをしてました。

学内の掲示板でデザイナー募集の求人を見つけ、電話したらすぐに面接。
数日経ってあっさり受かりました。
たぶん受けたのが自分しかいなかったんじゃないでしょうか。
美大とかだと学内掲示板に求人あったりするのでデザインのアルバイトに興味がある人はオススメです。

面接で「給料だけど、いくら欲しい?」って社長に聞かれてなんて応えればいいかわからずに困ったのは良い思い出です。

茶髪社長と茶髪秘書のこの感じ

webデザインといっても某縦に長いショッピングサイトのレイアウトやバナーのデザインといった簡単なものです。社内開発アプリのロゴやパッケージも作りました。好評なのか代わりを使うのがめんどくさいのか、会社のサイトを見ている限りは今でも当時の自分が作ったデザインを使ってくれてます。

その会社はデザイナーが自分しかいなかったのです。
デザインを外注に頼むと高くなるので学生バイトを入れた方が安上がりで良いという発想でしょう。

どの企画でも自分がデザインの担当を出来たことは楽しかったのですが、逆に言うと基本がわからない状態から実践をやらされるようなものです。今見るとスカスカなデザインになってしまってます。

もう一つの問題として他の従業員がデザインに対する理解が浅いという事です。
制作の現場にどういう影響があるかというとまずソフトを買ってくれない(泣)。
illustrator10があることでギリギリ戦えましたが(当時は既にCS3出てました)Photoshopがなかったり、メインツールがPaintShop Proやホームページビルダーなどとやや難がありました。PCももちろんMacではなくてwinです。

Adobe信者としては難易度の高いツール

それでも今から考えれば学生バイトの割に良い仕事をさせて貰ったなと思います。

それまで派遣で引っ越しや棚卸しのアルバイトを経験してきた身としては、一日中デザインをいじって提出し、合間にネットで2chやpixivを巡りなら(←ダメ、絶対)の労働。
時給も良く、天国のような環境でした。


それでも就活はやってきます。


周りの学生が就活に蜂起する一方で自分はまさに放棄し「つーか、これからっしょ!」的なノリでエントリートやポートフォリオもほぼ手つかずでした。

4年の春頃、ようやく重い腰を上げて行った某ゲーム会社の入社試験では道に迷い、途中でめんどくさくなって帰ってくる始末。

それでも行きたい会社はいくつかあって任天堂とHAL研究所がそれでした。
任天堂は一次試験で瞬殺されましたがHAL研究所は最終面接までいきました。

星のカービィ スーパーデラックス 1996年
任天堂発売、HAL研究所開発の超クラシックタイトル


会社から二次選考通過の郵便と移動のチケットを受け取った時に未来を確信します。
甲府に向かう特急列車では「あー来年からはカービィ作るんだなぁ」などと思い、面接での対策などもろくにせず惰眠をむさぼってました。


そしていざ面接です。

緊張とかしないしwwwwとか思ってましたが社長や役員を前にメチャ緊張しました。
そしてひどい応答をしました。

色々と問答があって定番の最後の問い。

社長「なにか質問はありますか?」

オレ「え、あ、そうですね〜〜(考えてなかった)あ、カービィ以外の新作はなんかありますか?w」

・・・

すごい空気になりました。

たぶんこの中にNGワードがやばいくらいにあります。
帰りの電車でひどく落ち込んで心の中で永遠と謝罪の言葉をつぶやいてました。


結果は(当然の)不採用

もちろん最後の発言が直接の不採用に繋がったかどうかはわかりませんが、この時点でHALに受からなかったことは双方にとって良かったと思います。
こんな世間知らずのガキにHALで作品を作らせるのは自分でもダメだと思います。

この時に内定が出ていたら同人を作ることもなかったでしょう。


しかしそれ以降は就活に対するモチベーションがさらに下がり続けます。

全然デザインに関係ない介護関連企業の事務職に応募するもそこでも落選。
結局HAL研究所含め6社ほど受けましたが他は二次選考すら行きませんでした。

人は負けがかさむと勝負自体を否定したくなります。

……ニートはやだけど、そもそも就活とかマジでださすぎる。
ネットやデザフェスで声までかかった、会社でデザイナーの実務経験もある…
オレに内定がないとかありえん……

謎のプライドと格闘しながら大学とバイトと実家を往復します。
同級生はどんどん内定を取っていきます。

かといって焦ってもいない。
落とされると嫌な気持ちにはなりますが受かるための努力とかは別にしない。
そういうゆとりテンションで日々を過ごしてました。

そんな中、別の研究室にいる仲の良い友人と世間話をしてある話を聞きます。

「うちの研究室のK君、カイカイキキでアシスタントしているらしいよ?」

!衝撃!

カイカイキキとはアーティスト村上隆の会社です。

彼は世界で活躍する日本人としてテレビや雑誌などでも取り上げられていました。作品は高値がつけられ、ブランドではLOUIS VUITTONとのコラボをはじめとするスーパースターであり、それまでの日本絵画界からすると異端児。

My Lonesome Cowboy
2008年にサザビーズのオークションで16億円の値段がつき話題となる

一方、日本国内では賛否両論の声が上がった


しかしオレは熱気盛んな若者。
ミーハーな自分にとってみてはこの上なくまぶしい存在なのです。

カイカイキキって面白そうじゃね?ここ入れば就活とかしなくてよくね?

20歳の頃に『芸術企業論』も即読んだ。
村上さんはこれからもガンガン上に行きそう。

そうしてオレはK君に紹介してもらいカイカイキキの門を叩くのです。
カオスの世界がそこにはありました。


次回「カイカイキキ入社!村上隆の仕事現場」へ続く


<連載目次>